■敗因はマシンではなくドライバーの衰え
『頭文字D』の作中でS2000が登場するバトルは一戦のみである。主人公の藤原拓海がハチロクで挑んだのは、城島俊也が駆る吊り下げ式ウイングが装着されたS2000であった。城島は「ゴッドアーム」と呼ばれるハンドリングの達人で、壮年のいい大人ながら「プロジェクトD」の噂を聞きつけ、若者たちのバトルに殴り込みをかけてくるのであった。
そんな酸いも甘いも知り尽くしたカーガイが最高性能を持つリアルオープンスポーツを操ったバトルは、当然ながら簡単には決着せず、『頭文字D』史上、他に類をみないほどのロング・バトルとなる。
巧妙なライン取りで拓海の心をかきみだすS2000。ブラインドアタックやミゾ落としなど天才的な技を駆使してなんとか食いついていくハチロク───。8本目にまでもつれこんだバトルは、意外な結末を迎える。
S2000の敗因は、なんとドライバー城島の加齢からくる消化機能の衰え(!)。長時間になったバトルとそのストレスが影響したのか、城島の胃は耐えられなくなり、ゴール直前で戦線離脱。道路際で嘔吐する。クルママンガ史に残る奇跡の敗因であり、そういう意味ではS2000は負けていないわけで、ホンダファンも納得する(?)画期的なバトルの終焉であった。
■細部まで作り込まれた怪物モデル
ホンダがシビックタイプRやインテグラタイプRを販売していても、それに対して「所詮FFだろ」とその存在を認めない無理解な輩もいた。
そこに、ホンダとしては29年ぶりとなるFR車としてS2000が誕生したということで、当然、走行性能はスポーツカーファンたちの期待をさらに上回る相当なレベルに達していた。特に、9000回転まで回した時のF20C型エンジンのフィーリングは、ドライバーに至福の瞬間を与えてくれたものだ。
スタイリングを見てみれば、ロングノーズ、ショートデッキの古典的スポーツカーのシルエットが採用されている。ヘッドライトは大きめで、その中央下部でエアダムがやはり大きな口を開けていた。
ボディに抑揚のあるキャラクターラインはなく、走りにとってポジティブな部分のみで構成されていて潔い。無駄なものを排除したレーシングカー的デザインが走る姿は、まるで美しきサラブレッドのようであり、「ホンダ」という血統の良さがそれを強調しているのは言うまでもない。
“特別なモデル”として細部まで淡々と造りこまれたS2000は、さまざまなものを咀嚼してきた50歳のホンダが産み出した怪物であり、ただただクリエイティヴィティに溢れていた。同時代、オープンカーとしてはあまりにも走行性能が傑出していたことで、ライバルの存在さえ見えなかった。
当時の形骸化しつつあったスポーツカー市場に、ジェネレーションYならではのセンシビリティを叩きつけた印象が強く、当時はもちろん、今も羨望の眼差しを同車に向ける人は多い。