1人の青年がクルマと出逢い、その魅力にとりつかれ、バトルを重ねながら、ドライバーとしても人間的にも成長していく姿を綴った『頭文字D』は、日本中のみなならず、アジア各国でも賞賛を浴びた、クルママンガの金字塔である。
当企画では、同作において重要な役割を果たし、主人公・藤原拓海にさまざまな影響を与えたキャラクターにスポットを当てるというもので、ストーリー解説付き、ネタバレありで紹介していく。
今回は、走り屋のリアルをエモーショナルに演じた男、末次トオルを取り上げる。これまでのライバルと比べて朴訥な印象を受けるが、その心の奥にはクルマへの愛がみなぎっていた。
文/安藤修也 マンガ/しげの秀一
■末次トオルはどんな人物?
作品後半で描かれる、主人公・藤原拓海が参加する群馬最強のスペシャルチーム「プロジェクトD」の活躍。その最初の遠征ターゲットとなったのが、栃木県F町をホームとするチーム「セブンスターリーフ」だ。
末次トオルは、このチームの2枚看板のひとりで(もうひとりはR34スカイラインGTターボに乗る川井淳郎)、その鋭い走りは仲間内で「命知らずのカミカゼダウンヒル」と讃えられている。
顔は面長で眉毛は細め、ツンツン系のショートヘアがよく似合ってる。走り屋仲間と一緒の時はシャツやトレーナーだが、彼女の奈保と会う時はシャツの上にニットを重ね着するなど、洋服に気を遣っているようすだ。普段は飄々とした表情をしているが、時折見せるどこか遠くを見つめているような視線からは、思慮深さもうかがえる。
こざっぱりしたルックスや、プロジェクトDとのバトルで新しいタイヤが必要となって奈保に金を無心するシーンで、「夏のボーナスが出たら返す」と発言していることからも、一応、勤め人であることが推察される。
なお、奈保に借りた以外にも借金があるようで、資金難のまま走り屋を続けているが、結成2年目となるセブンスターリーフ内では中心的存在で、今後の進退について悩んでいる。バトル前にこれらの事情が克明に語られていることから、最後にトオルが下す決断と行動にも、読者が充分に納得、共感できることとなる。
■同じ“テンロク” されど次元の異なるテクニック
トオルのロードスターは、初代モデル(NA型)でボディカラーはレッド。本来1.6LのB6エンジンを1.8Lへボアアップ、ハイコンプピストンを入れて圧縮比向上、フライホイールを軽量化、4連スポーツインジェクション搭載、といったチューンが施されており、190馬力を発揮する。これらの情報だけでも、彼がだいぶクルマに入れ込んでいることがわかる。
この愛車に対して、6年付き合ってきた彼女の奈保は「乗り心地は悪くなるし、うるさくてCD聞こえないし、見た目だって前よりなんかボロっちい」と本音を言い放つ。我々クルマ好きにとっては耳の痛いセリフだが、これこそまさにクルマに興味のない一般女子のリアルな意見であろう。
クルマが悪い、走り屋が悪い、そんな単純な理由では割り切れないクルマ好きにとっての現実をまざまざと見せつけられるが、トオルは、次のバトルで負けたら走り屋をやめると奈保に約束することになる。
バトル前に「同じテンロク勝負ならオレはどんな奴にも負けねぇ」とまるで自分に言い聞かせるかのように言い放っていたトオル。
たしかに同じ1.6Lクラス、同じFR、同じダウンヒラー……コーナーへ突っ込んでいく走りのスタイルまで拓海とよく似たタイプだったが、トオルは、バトルの最後で拓海と同じ走り方にチャレンジしたことでクラッシュしてしまう。怪我がなかったことは幸いだが、愛車の修理費用ということでさらに借金を重ねることに。実に皮肉な展開となる。
ここまで読んで「話が重い……」と感じた読者は、もしかしたら若い頃、似た環境下で愛車を維持し、カーライフを営んでいた(あるいは現在進行形で営んでいる)人かもしれない。もしそうであれば、どうか勇気を持ってこのトオルのストーリーを(原作で)最後まで読んでほしい。読後に考えずにはいられなくなり、きっと“クルマの見方”をも変えることになるはずだ。