等身大の走り屋魂が胸を打つ!! 『頭文字D』人物列伝09【末次トオル編】

■理不尽な現実に立ち向かう若者の冒険と成長を描く

 今回筆者が気づいたのは、この一連のストーリーが、まるで末次トオルが主人公のように描かれていることである。

 これまでのバトルといえば、当然ながら、主役は藤原拓海であり、その敵役としてバトル相手が乱入してきた。しかし今回に限っては、冒頭から末次トオルと奈保とのファミレスでの柔らかなシーンが描かれ、彼を中心にストーリーが進む。

 拓海やプロジェクトDの面々は、まるでターミネーターのように畏怖べき存在として描かれている。こういった手法も、読者がトオルという若者への思い入れを深める部分である。

  「一番大事なのは…クルマの運転を楽しむことだろ…」

「別にフルチューンのエンジンでなくたって…走り屋でいるかどうかは気持ちの問題だろ…」

 バトル前、後輩の慎一にそう語っていたトオルは、心に突き刺さる強烈なラストを迎えた後、その言葉通り、走り屋を引退することになる。この決断からは、トオルのクルマを楽しみたいという思いとともに、彼女を幸せにしたいという本気の思いが痛いほど伝わってくる。

 この一連のストーリーで末次トオルを通して描かれているのは、紛れもないクルマ好きな若者のリアルである。走り屋の世界は、決してキレイなことばかりじゃない。残酷な現実を提示するのも、マンガとはいえ重要な役割だ。しかしクルマを愛した誰もが不幸になるわけじゃない。しげの先生は、それらを説教臭くなくスマートに、それでいて愛情深く、エモーショナルな味わいで描ききっている。

 登場する若者たちの原動力はクルマが好きという純粋な想いであり、クルマを所有することの可能性や希望、残酷さが込められていることで、作品に時代の空気感と深みを与えている。まさに、「若者のクルマ離れ」が騒がれる昨今だからこそ、読むべきストーリーだ。

 末次トオルは、この先、作品内で出演することはない。しかし読者の誰もが、彼が走り屋をやめた後も幸せになっていることを願うに違いない。古今東西さまざまなマンガがあるなか、彼のようにただ一度登場で、その後も読者の心のなかに生き続けるキャラクターはそれほど多くない。

■1話丸ごと掲載(Vol.196「カミカゼダウンヒル!! 末次トオル」)

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