■何よりも重要な母親の存在
乾信司を語るうえで、切っても切り離せないのが彼の母親だ。
初登場時から母が傍にいるし、当初、サイドワインダーの久保英次との会話の際も、母親と一緒であった。ただそれは、彼の家庭環境が大きく影響しているのだろう。ラリーストだった父とは死別しており、幼い頃から母子家庭で育った。信司が運転をはじめたのも、日々の仕事で疲労した母親を思ってのことである。ついでに言えば、助手席で眠っていた母親を起こさないために、横Gを感じさせない安定感のある走りを身につけている。
なお、彼がラストバトルで乗る、スプリンタートレノ(AE86型)のクーペ(拓海のハッチバックとはボディ後方の形状が異なる)も、実は死んだ父親がかつて愛車としていたもので、死後は母親が乗っていた。なお信司のバトルにおける走り方は、結構、荒めであり、このトレノもボディがキズだらけになっていたところを、バトル前に久保が板金し直している。
運転の実力については、バトル前から、北条豪と久保との間で「圧倒的なスピードがある」「集中できている時は手が付けられない」などと評価されており、折り紙つきの速さであることがわかる。敵のリーダーである高橋涼介も、心眼で(!?)その実力を見抜き、「手強いぜやつは」と拓海に告げている。
実際に、ステアリングを握った信司は、まるで別人のように強気な性格に変貌し、コーナーごとに拓海のハチロクを引き離していくほど速かった。
なお、普段は行儀の悪い子ではないのだが、集中してゾーンに入ってしまうと、向上心が勝るというか、周囲のことを顧みないタイプになってしまう。基本的にはボーッとした少年なので、見た目は「目を三角にして」という感じではないが、中身は完全に「キレる若者」で、バトル中はそういったシーンが散見される。
■天才対決の勝敗を分けたものとは?
常識では考えられないほどコースを熟知した信司に対し、藤原拓海は大苦戦。信司目線でバトルを振り返れば、ハザードを出して先を譲ったり、強引にボディを接触させたり、突然中二病が再発してダウナー気味になったり、はたまた羽を見たりと……とにかく最終決戦らしく見どころ満載であるが、結果は信司が敗北を喫する(とにかく見応えがあるので必見! 詳細は原作で、かいつまんで知りたい方は「名勝負列伝」でどうぞ)。
「天才」という言葉の意味は、「生まれつき備わった優れた才能」だという。ドライビングでは、コースや車体における空間認知能力、ハイスピード領域でのコントロール技術、そして大胆に攻める度胸などが必要とされるようだが、「天才」と称される拓海と信司はこれらをすべて備えている。ホームコースの走行経験は信司のほうに分があるが、バトル経験に関しては拓海に分がある。
運転経験を同程度と仮定して、このバトルで両者の勝敗をわけた大きな違いは、「運転が好きかどうか」にあったのではないだろうか。
「好きこそ物の上手なれ」という言葉があるように、最後の最後でクルマを一歩前に出せるかどうかは、信司より、先に峠での運転への興味を持った拓海に分があったように思える。ただ、それでもこれだけ拓海を苦しめた乾信司のこれからの成長が楽しみで仕方ない。
■1話丸ごと掲載/Vol.669「最強の敵」
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