『頭文字D』名勝負列伝12 ヒルクライムのFR決戦 RX-7vs.フェアレディZ編

【バトル考察】

 スタートは、2台が前後で走り出し、有料道路下のトンネルを潜ったらフルスロットルという方式が取られ、まずはZが先行する。しかしスタートするやいなや、しばらく池田の説法(ゼロ理論)が続くことになる。

 ここで主なものを引用してみよう。

「あせりやフラストレーション、不安やおそれ…そうした人間の持つあらゆる感情は必ずミスを生む」

「無の状態でシートに身を沈め、クルマが語りかけてくる声を聞く…すべてはクルマとの対話から始まるんだ!!」

「タイヤ・サスペンション、もしくはエンジンから伝わってくる情報を正確に感じとって答えてやればいい」

「よくできたクルマというのは、それ自体が意思を持っている。クルマを操ろうとするのではなく、クルマと一体になってその意思に従うだけでいい」

「闘争心さえもゼロの走りには不要だ。戦うべきはバトルをしている相手ではなく自分の心に住んでいる弱い自分なんだ」

 イエス、ディス・イズ・ゼロ理論!!! よくよく読んでいると、それほどファンタジックな話でもない。リアリティのある部分も随所に散見されて、理論は理論として成り立っている。

 なんというか、小学生の頃に初めて手塚治虫先生の『ブッダ』を読んだ時のような、わかるような、よくわからないような感覚というか、なんだかだんだん崇高な気持ちになってくるから不思議である(笑)。

 ちなみに高橋涼介は、事前に池田のHPで読んだこの「ゼロ理論」に同調しつつも、決定的には違っている部分があると言う。

「人間であるかぎり、感情を完璧にコントロールするなど不可能だ。闘争心はドライバーが速くなるために絶対に必要なものだ」と。そして、今回の作戦のキーワードは、その闘争心だとも語っている。

 一方、その頃、啓介はZのリアを眺めながら、濡れた路面でふらつかない池田のテクニックに驚いていた。啓介はフラフラな状態である。さらにバトル中盤になると、Zに対してどっしりとした安定感まで感じはじめる啓介。ペースはさらに上がっていく。

 しかし、なんとここでゼロ理論を超えるエンターテインメントが発生! 箱根名物「白い悪魔」である。そう、何度か箱根を走ったことがある人なら知っているであろう、霧のことである。

 山の上のほう(ゴール方向)から徐々に濃くなっていき、スパイラルがコースのあちこちに立たせていた(対向車など危険を知らせるための)マーシャルも意味をなさなくなっていた。

 視界が悪くなったことで、逆に啓介に見えてきたもの。それは、それまではまったく見えなかった池田の感情の起伏だった。

 ゼロ理論では「恐怖心を抱えたまま突っ走るのは命取り。そんな時はアクセルを抜いて冷静さを取り戻せ」と語っていた池田だったが、さすがに霧に対しては慌てる。

 対話ができていても対応できないということで、集中力と闘争心が必要と気づいたのだ。普段は否定しているものが出てきてゼロの心で戦えていない自分に、不安を感じる!

 一方、高橋涼介は、仏ではないが、神の子(のようなもの)である。なんとこの霧をも予想していたと言い放ち、霧を前提にした作戦を啓介に考えさせていた。涼介ファンが奮い立つシーンだ。

 そして啓介は、低速セクションを抜けてアベレージスピードがポンと跳ね上がるエリアに、プロジェクトDのメンバーであるケンタを立たせていた。

 派手なバトルシーンは多くなかったこのバトルだが、ここからドラマティックで身が入る描写が続く。

 2台が左コーナーを抜けた瞬間、ヘッドライトの光をはね返す白の世界が視界に広がった。その瞬間、FDの車内にあった啓介の携帯に着信が! そう、ケンタからの「目標エリアに対向車なし」の合図だ。

 ここでRX-7がアクセル全開! Zに並びかかる!! 「どんなに強く脳が命令を下しても本能がそれをかたくなに拒絶する。ここでアクセル全開は、ヒトとしてありえない」と驚愕の池田。勝負は決まった。

 ほぼほぼテールツーノーズの状態が続いたが、前半の「ゼロ理論」と後半の「白い悪魔」とが見事なアンサンブルを奏でており、何度読んでも楽しいし、ハイライトへ向かって見事に盛り上がっていく展開に、目が離せなくなる。

 さらにバトル後、「走った当事者同士にしかわからないことかもしれないが……もう一度やれといわれても二度とできない奇跡のようなあのバトルは一期一会だ!!」と言い放った池田の台詞からも、爽やかな感動に包まれる好バトルであった。

次ページは : ■バトル丸ごと掲載

シリーズ最新刊

MFゴースト9巻

コミックDAYSで試し読み コミックプラスで買う