■殺るか逃げ切るか、まさに死闘!
北条凛がこのような人物に成り果てた要因でもある香織の命日。高橋涼介のRX-7(FC3S型)が箱根ターンパイクに姿を現すと、ひと言ふた言会話をかわし、すぐにバトルが始まる。
◆頭文字D Vol.580「宿命の対決再び」を1話丸ごと読む
ただ、一方(高橋涼介)はバトルで過去の清算をしようとしているが、もう一方(北条凛)は相手にクルマをブツけようとしている。なんとも壮絶としか言いようがないバトルである。
序盤から虎視眈々と涼介のRX-7を狙う北条凛。当初はテンション高めで、「香織……近くに来て見ているんだろう(中略)オレは今夜、この場所で死んでも悔いはない」とまで言い切り、実際にRX-7に車体を当てていた。しかし、徐々に涼介の才能が発揮され、本気で当てにいくが、天才的なドライビングテクニックでかわされることになる。
読んでいるこちらとしても、大切なクルマをわざとブツけてクラッシュさせようだなんて本当にイヤなやつだと北条凛を憎しみこそするが、嫌らしいながらも見事な走りを見せる北条凛(とスカイラインGT-R)の姿に、このバトル展開の面白さに、そして抜群な画作りに、つい引き込まれてしまう。
追い込めそうで追い込みきれず、心のなかでは涼介を責める言葉を発し続ける北条凛。妄想、不安、恐怖……次第に彼の心の中に不穏な空気が漂い始める。
そして、徐々にGT-Rのブレーキにも異変が! 一度でもターンパイクを走ったことのある人であれば、この下り路線における2台の攻防とGT-Rのトラブルに、ひやりとした冷気を覚えたに違いない。
■2組の兄弟による成長のストーリー
2台のバトルシーンは言わずもがな素晴らしいのだが、ラストシーンでは、まさにマンガ史に残る名ショットが見られることになる。完全にブレーキの効かなくなったスカイラインGT-Rを、涼介のRX-7と、(序盤から2台の後について来ていた池田竜次の)フェアレディZが、間一髪、箱根ターンパイクの料金所前で止めるのだ。
バトルに負け、人としても涼介に敗北したと気づいた北条凛は、車内でおいおいと男泣きする。結局、北条凛は、自分が香織の思い出に依存していたのだと気づく。そして、個として自立し、新しい世界の扉を開ける。たとえ一度死のうとした人間であろうと、どんな人間にも、日々は頑丈にやってくるだ。
後日、北条凛は、これからプロジェクトDとのバトルを開始しようという弟・北条豪の前に姿を表す。そして、これまでにしてきたことを謝罪しつつ、「おまえにできる最高の走りをしろ(中略)、そして楽しめ」と豪に言い残した。その言葉を聞き、豪は涙するのであった。
北条凛と北条豪との関係は、そのまま高橋涼介と高橋啓介との兄弟関係と対比される。かたや鬱陶しい存在として疎んじられているが、高橋兄弟は頼もしい相棒ではある。しかし、どちらも普通の兄弟以上にパーソナルな関係で、自身の分身となるようなキャラクターでもある。
バトル結果から見れば、兄が高橋涼介に敗れ、その後に弟も高橋啓介に敗れて、高橋兄弟vs.北条兄弟の構図にピリオドが打たれる。
しかし、この北条凛にまつわる一連のストーリーは、恋愛関係が終わる悲しみと、そこからの再生を描くものであった。そういう意味では、この2つのバトルというのは、兄と弟との上質な成長譚ともいえるのではないだろうか。
■1話丸ごと掲載/Vol.580「宿命の対決再び」
■掲載巻と最新刊情報