ハチロクと拓海への親心『頭文字D』人物列伝 25【藤原文太 後編】


 1人の青年がクルマと出逢い、その魅力にとりつかれ、バトルを重ねながらドライバーとしても人間的にも成長していく姿を綴った『頭文字D』は、日本のみなならず、アジア各国でも賞賛を浴びた、クルママンガの金字塔である。

 当企画は、同作において重要な役割を果たしたさまざまなキャラクターにスポットを当てるというもので、ストーリー解説付き、ネタバレありで紹介していく。

 今回は、当連載第一回でも取り上げた、隠れた人気キャラクター、藤原文太を取り上げる。愛車ハチロク、そして彼を取り囲む仲間たち、さらに息子との関係性について分析する。

文/安藤修也 マンガ/しげの秀一

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■藤原文太とハチロク

 主人公、藤原拓海の父親にして、ドライビングの師匠的存在。群馬県伊香保地方でとうふ店を経営し、男手ひとつで長男・拓海を育ててきた。

 妻(つまり拓海の母親)の消息については作中では語られていないが、文太のクルマ道楽がヒドいかと言えばそれほどでもなさそうだし、女グセが悪いようにも見えない。となれば、妻側に事情があったか、もしかしたら死別したのかもしれない。ともあれ、これだけでも追加エピソードが1本作れそうである。

 そんな藤原文太が長い間乗ってきた愛車は、トヨタのスプリンタートレノ(AE86型)だ。読者諸兄もご存じのとおり、後に拓海の愛車となり、同作品の主役にもなったクルマである。当然、拓海にとっては自身の成長を促し、凄まじいバトル結果を残した素晴らしいクルマであったことは間違いないのだが、稀代の峠マイスターである文太とってはそれ以上の存在だったのではないだろうか。

 文太は走り屋を引退(?)した後、毎日の配達を拓海に任せるようになったが、その間、文太がハチロクのセッティングを勝手にいじることもあった。また、タイヤの減り方などから拓海の乗り方やドライビングテクニックの上達具合を判断する指標にもしていたようだ。それだけこのクルマ(ハチロク)のことをよく知り尽くしていたということでもある。

 さらに、拓海が須藤京一とのバトルでエンジンブローさせてしまった際、エンジンの載せ替えを示唆した文太に、「せっかく おやじがいろいろ手を入れてよくしたんだからさ…」という拓海の発言が聞かれる。つまり、文太はそれだけハチロクに手をかけてきたということであり、それを息子の拓海も知っていたということである。

 ちなみに、このハチロクのエンジン載せ替えは、拓海にとっての重要なマイルストーンとなったことから、文太の判断はこの時も正しかったということになる。

■作中で語られていない過去と仲間たち

 では、どうしてハチロクにグループAのエンジンを載せ替えるようなことが実現できたのか。作中では、ガソリンスタンド店長である立花祐一や修理工場を営む鈴木政志たちとの協力体制が描かれている。文太はどちらかといえばとっつきづらそうな性格だが、若い頃からそれなりの人間関係をしっかり築いていたようだ。

 立花(ガソリンスタンド店長)や鈴木(修理工)たちの話を聞いているかぎり、文太は若い頃から今と変わらず、口は悪いがどこかフラットで、不思議な温度感と奥行きを持った性格だったのだろう。そしてきっと、若い頃も今と変わらずご機嫌でドライブしていたのではないだろうか。

 若いからといって、エナジー溢れまくりだったとはどうにも考えにくい(笑)。たまに息子の自慢をすることもあるものの、驕り高ぶるようなところはなく、それでいて天才的な(今も色あせていないが)ドライビングセンスを持ち合わせ、仲間たちが憧れる存在だったに違いない。

 立花祐一は作中で、「ヒーヒーいうのをおもしろがってヨコに乗せたがる」などと軽口を叩きつつも、文太に対してストレートに憧憬と敬愛を示しているし、鈴木政志も、グループAエンジンの手配や載せ替えの手伝い、インプレッサWRXの購入など、文太への協力を惜しまない。

 きっと長い付き合いのなかでは、彼らの存在によって救われたことも数多くあると思うのだが、そういった部分をまったく表に表さないのがクールな文太らしいし、人間としての味わい深い部分なのだろう。そして、今と変わらずひょうひょうとした表情のまま痛快なバトルをしていたに違いない(ぜひ、しげの先生には『MFゴースト』が落ち着いた頃にでも、読切で彼らの若い頃のエピソードを一作描いていただきたいものである!)。

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