■作中で語られていない過去と仲間たち
では、どうしてハチロクにグループAのエンジンを載せ替えるようなことが実現できたのか。作中では、ガソリンスタンド店長である立花祐一や修理工場を営む鈴木政志たちとの協力体制が描かれている。文太はどちらかといえばとっつきづらそうな性格だが、若い頃からそれなりの人間関係をしっかり築いていたようだ。
立花(ガソリンスタンド店長)や鈴木(修理工)たちの話を聞いているかぎり、文太は若い頃から今と変わらず、口は悪いがどこかフラットで、不思議な温度感と奥行きを持った性格だったのだろう。そしてきっと、若い頃も今と変わらずご機嫌でドライブしていたのではないだろうか。
若いからといって、エナジー溢れまくりだったとはどうにも考えにくい(笑)。たまに息子の自慢をすることもあるものの、驕り高ぶるようなところはなく、それでいて天才的な(今も色あせていないが)ドライビングセンスを持ち合わせ、仲間たちが憧れる存在だったに違いない。
立花祐一は作中で、「ヒーヒーいうのをおもしろがってヨコに乗せたがる」などと軽口を叩きつつも、文太に対してストレートに憧憬と敬愛を示しているし、鈴木政志も、グループAエンジンの手配や載せ替えの手伝い、インプレッサWRXの購入など、文太への協力を惜しまない。
きっと長い付き合いのなかでは、彼らの存在によって救われたことも数多くあると思うのだが、そういった部分をまったく表に表さないのがクールな文太らしいし、人間としての味わい深い部分なのだろう。そして、今と変わらずひょうひょうとした表情のまま痛快なバトルをしていたに違いない(ぜひ、しげの先生には『MFゴースト』が落ち着いた頃にでも、読切で彼らの若い頃のエピソードを一作描いていただきたいものである!)。
■息子に対する想い
それほど人間関係に苦慮することがなかったように見える文太だが、息子の拓海に対しては真摯に向き合ってきたように見受けられる。文太が拓海を見る表情は、いつもどこか力が抜けていて、しかしなんだか温かみも感じられる。力強く後押しする時もあれば、冷静に見つめているだけのこともある。とにかく距離感が絶妙なのだ。そのひとつひとつの態度や判断が素晴らしいし、その関係が羨ましくもある。
もちろん、文太本人にしたら変なわだかまりはないのだろうが、拓海がエンジンを載せ替えたハチロクを乗りこなせないでいるシーンでは、「しばらく悪戦苦闘してみろ 拓海…考えて試行錯誤することが重要なんだ…」と発言している。
これはクルマ以外の別のものにも例えられる表現である。特に若い頃、自身に拓海(あるいはライバルやライバルたち)を重ね合わせてきて、現在は父親になっている読者の方々にしたら、やはり自身を文太に重ね合わせて、感慨深い想いに浸ってしまうに違いない。
拓海がプロジェクトDの仲間たちとともに関東制覇を果たした後、作中では文太の姿は描かれていない。しかし、自分が愛したハチロクで、自分が教えたドライビングテクニックを開花させて数々のバトルを制した息子のその成長に、その日だけは、あの細い目を大きくさせて喜びを爆発させたのではないだろうか。
■掲載巻と最新刊情報
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