■初々しくも才能あふれるドライビング姿
この外伝の1年前、つまり拓海が中一の頃から、すでに文太は早朝の配達(クルマの運転)を拓海に任せている。もちろん違法だし、マンガでしかありえない設定だが、これも文太なりの天才ドライバーの育て方。この頃は、「速さよりコントロールが大事なんだ」などと運転に関するアドバイスもしてあげているようである。
走行シーンを見るかぎり、コーナーを目いっぱい使ってしっかり4輪ドリフトをしているし、醸し出すムードが感じられる。つまり、後の天才ドライバーの運転のセンスを断片的に見ることができるのだが、本人の感想は「つまんない」「すこしでも早く帰ることしか考えてないよ」などと、運転に興味はゼロである。
まだ運転をはじめて1年。このあたりが拓海にとってクルマの原体験なのだろうが、それほど考えず、ただ与えられた仕事として運転をしているようだ。ちなみに、文太とケンカして、(一方的に怒り)“グレる”ため、制服のままハチロクに乗って市街を走っていても誰からも注意されない。これも運転がうますぎるからであった(笑)。
そしてやはりグレて家出するために、この頃から唯一の友人であるイツキの家に泊まることになる。もちろん現実ではNGな行動だが、イツキに進められビールを飲んでしまう。酔いがまわると、文太のことを「あんなやつー」「バカだからー」などと悪態をつくのだが、同時にここで「あれ、なんだろうズキッて……」と胸の痛みを覚えている。心根の優しい少年なのだ。
■不世出の存在へと成長するための成長譚
結局、翌早朝に文太がイツキの家まで迎えに来てくれるのだが、その帰路では文太の走りを見せつけられることになる。文太は、「拓海なら一回見せれば気がつくだろ…」と、一切発言せずに全開ダウンヒルを敢行。拓海は運転テクニックの凄さを言葉ではなく身体で感じ取り、「父ちゃんが光ってる」「すげえや」「かっこいいよ」と、甘酸っぱくも新鮮な思いを発するのである。
拓海がドライバーとしての確かな資質を持っていたことがわかるショートストーリーだが、彼が社会や家族にも視線を向けていたことにも注目したい。家が貧乏だと認識しており、誕生日プレゼントをねだろうなんて考えないし、親の背中にひたむきさを感じ取っている、涙ぐましい少年であることがわかる。なお、こういうところは成長後の拓海も変わっていない。
14歳といえば精神的にはモラトリアムな頃。多くの少年少女が、なにかに情熱を傾けたり、なにかに夢中になったりしながら、反抗のエネルギーをどこにぶつけていいか逡巡し、しかしどうにもならない自分にイライラする時期である。拓海も多分に漏れず、潜在的に抱いていた父親への反抗心をストレートに反映させている。
そんな複雑な少年心理を切り取った、まるで小説や映画のような短編だが、最終的にはしっかりと前を見据えることになり、父親との関係を取り持つのがハチロクであるというのは、クルマにとっても面目躍如であった。
■1話丸ごと掲載/番外編「拓海外伝」
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