■プロのレーサーに対して思うところあり
そんな啓介が、物語後半のあるバトルで、プロジェクトD内での弟分、ケンタにこう言い放っている。「このバトル……オレにとっては特別な意味があるんだ」と。
舞台は、神奈川遠征の2戦目、レーシングチームカタギリ ストリートバージョン戦。ここまで戦闘力の高い4WD車を相手に連戦連勝してきた啓介が対戦する相手は、80型スープラに乗る皆川。職業はプロドライバーである。
発言の真意は、相手がプロのレーサーであり、プロ相手に自分の技術がどこまで通用するかを試したいという気持ちがあったためだ。RX-7とスープラというFR同士の勝負をわけるのはタイヤマネージメント。皆川いわく、「本当のタイヤマネージメントは……レースというフィールドに身を置いた者でなきゃ絶対に身につかない」ということで、超一流の正統派レーサーを前に、啓介がどう対抗するか、読んでいるこちらとしても期待が高まるバトルであった。
だがここで、実は啓介が過去に秘密の特訓をしていたことが初めて明かされる。それは、効率よくタイヤを使うための特訓であり、兄の涼介から、「1日5本往復、上りと下りの10本のタイムをなるべく誤差なく設定タイムに揃えよ」というものであった。実際に峠を走った経験がある人なら、それがどれだけ難しく、途方もないものかわかるに違いない。
結果として啓介は、峠に特化したタイヤマネージメントと時計のセンスを高レベルで身につけることになる。つまりペダルの踏み加減を細かくわけてコントロールすることで、それは精一杯速く走ることよりずっと難しいこと。啓介自身は「テンションを上げずに理性でアクセルをふむと言うこと」とも捉えている。
涼介はこの秘密特訓での兄弟のやりとりを思い出しながら、「オレが期待していたよりも早いペースで啓介は進歩している」と語っているが、こういった体温を感じさせるパートがバトル中に挿入されることは、『頭文字D』のハートウォーミングな一面でもあり、ストーリーの深さを感じさせる部分でもある。
■正統派のファイティングスタイル
そして兄弟による特訓は、副産物をも産み出していた。それは、啓介のここ一発のスプリントに磨きがかかったこと。つまりスピードである。
バトル後半、正攻法でスパートをかけて逃げるRX-7に対して、それまでタイヤマネージメントの優位性に勝機を見出していたはずの皆川も、プロのプライドにかけて応戦。区間レコードを大きく更新したスーパーハイペースに突入した結果、タイヤの余力をすべて使い切ったスープラが、1本目途中でギブアップすることとなる。
このバトルは、藤原拓海とはまた異なる、高橋啓介にしかなし得ない走りのスタイルと進化論を生み出したようにもみえる。性格的には親しみやすさのようなものを持っていない啓介だが、走ることに関しては、複雑さ、難解さはなく、努力することで進化し、深化していく正統派スタイルなのだ。
筆者は同作品の公式な人気投票を見たことはないが、高橋啓介より主人公である藤原拓海が好きと言う意見はきっと多いに違いない。
しかし、このようにクルマから何かを感じ取って不断の努力をもって成長していく高橋啓介というキャラクターを見ていると、拓海と同等に、いやそれ以上に啓介が魅力的なキャラクターであることを実感するし、読者諸兄にもこの魅力を知ってほしいと願いたくなる。
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