■ドライバーとしての輝かしい経歴
日本へ到着してすぐ、神奈川県の藤沢市に降り立ったのが初登場シーンだ。日本でのホームステイ先はこの地に住む西園寺一家で、こちらの母親(西園寺真由子)というのが、夏向の母親(キャサリン)と美術大学時代の親友であった過去を持つ。
また、MFG参戦において夏向の協力者となる緒方も、西園寺家の父親から紹介してもらう。そして、西園寺の一人娘・恋(れん)のことは、はじめそれほど意識していなかったものの、さまざまな事象を乗り越え、ともに時間を過ごしていくことで恋が芽生えることになる。
物語を読み進めていくうちに夏向のドライバー歴は明らかになるが、これがまた興味深い。4歳からカートを始め、7歳で英国カート選手権に参戦、その後2年で英国のタイトルを6つ獲得(かのミハエル・シューマッハーでさえカートのタイトルを獲得したのは15歳だった!)。10歳でF4選手権に参戦し、2年目でタイトルを奪取している。
さらに、英国でも名門と知られるRDRS(ロイヤル・ドニントンパーク・レーシング・スクール)を首席で卒業している。当然、ドライバーとしての将来性を買われて、さまざまなレーシングチームなどからオファーがあり、英国、そして世界を舞台にした輝ける未来が待っていた……はずだったが、彼はすベてのオファーを蹴って故郷のケンブリッジに戻るという選択をした。この頃、母親が亡くなったのである。
母親を亡くしたことでモチベーションを低下させ、レースに背を向けて引きこもったようだが、約2年の空白を経て、父親探しのため来日し、MFGに参戦することになった。当然、レースに対してブランクはあったはずだが、その超絶テクニックは衰えていなかったようだ。
■師はあの伝説のダウンヒラー
夏向のドライバーとしての原点は、幼い頃から習得し身体に染み付いたスキル、そしてピュアな闘争心である。さらに特筆すべき才能として、数回見ただけでレイアウトを完璧に覚える記憶力も挙げられる。彼は頭の中に一度見た映像を残せる特別な感覚(センス)を持っていて、これは画家だった母親のキャサリンから受け継いだものだ。
レース前に部屋の床やベッドなどで目を瞑って行うイメージトレーニングでは、この記憶力によって、かつて観たコース映像を頭の中で正確に再生することができる。コーナーの角度、距離などを忠実になぞりながら、実走行時のシフトタイミングなどを完璧にシミュレートでき、ドライビングシミュレーターと同等かそれ以上の効果を得ることができるのだ。
実際の走行時には、初戦の予選時から、操縦技術が極めて優れているとコンピューターが判断したときに出される「注目フラグ」を獲得。これがデビュー戦のルーキーに出たのは昨年のミハイル・ベッケンバウアー以来2人目である。
その後も、タイヤマネージメント、視界の悪い濃霧のなかでの操作、大胆なドリフト、濡れた路面での処理能力など、レース中に目撃される彼の神業級のドライビングを挙げていけば枚挙にいとまがない。
そして、夏向のアカデミー時代の講師であり、最も信頼していた先生というのは、『頭文字D』の主人公である藤原拓海である。頑固さとストイックさを持ち合わせ、職人気質で芸術家肌。
さらに「ライバルたちよりアンダーパワーなマシンを選択する」のもすべて、伝説のダウンヒラーと呼ばれた拓海らしさを感じるところだ。すでにその師匠譲りの卓越したテクニックは、ハイパワー軍団を相手に確実に楔を打ち込んでいる。
おそらく多くの読者の胸にもすでに楔が打ち込まれていて、拓海とはまた違った魅力を持つ夏向というキャラクターの動向が気になっているのではないだろうか。
■掲載巻と最新刊情報
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